まな板

日頃お世話になっている方から、まな板に関する問い合わせのメールをいただきました。
 このブログを見てくださる方には笑われてしまうようなことですが、実は私、いつも偉そうなことを書いているくせに、こういう問い合わせにはまったく対応できないのです。常々、住宅のような大きな流れでなくても良いから、もっと手ごろなもので山と町がつながるものを、と考えているのに、こうした絶好の機会を活かすことができない...。無力感を覚えるできごとでした。
 ほどなく、相手の方からメールがあり、ネットで良さそうなところを見つけましたとのこと。ちなみにリクエストは

 銀杏または柳でサイズは概ね  26cm x 50cm t=3.3cm程度

とのこと。カラマツ以外の情報がない上に、料理にも手を出さない私には、なす術もありません。

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“まな板”への コメント ( 8 )

  1. こーりきーさんの コメント

    まな板は・・森の出口の一つとして興味持っています(^^)
    料理をするせいかもしれませんが・・
    今はやはり外材が多いようです。
    地元の材でまな板・・なんて
    なんて「粋」なのでしょう。。

    材としてよく使われるのは
    中華は食材が固いのでケヤキ
    日本は
    柔らかい感触・・素材を痛めないと言う繊細さで
    ヒノキ・ホオ・イチョウ・ヤナギ・キリ・アスナロなどがよく使われてきたようです。
    わたしは・・昔新潟の営林署の人にイタヤカエデが良いよ

    教わったものでしたが・・・

  2. かなめさんの コメント

    こーりきーさん 早速のまな板情報をありがとうございます。
     その後、足の具合はいかがでしょうか。
     
     だめですね、不勉強で。まな板も外材が多いとのこと、ぜんぜん
    知りませんでした。
     それにしても、そううかがうと、いよいよ私たちの文化が根底から
    おかしくなってしまっているのだなと、気が重くなります。それから
    もうひとつ。以前から感じてはいたのですが、私のそもそもの林業
    の入り口が「木」ではないのだな、という反省点を今回も強く感じた
    次第です。
     太いイタヤカエデ、日々貴重になってゆきますね。自分のこれまでの
    山での行いを思うにつけ、倒されるイタヤの何割が有効に利用される
    のだろうかと、これまた暗い気持ちになってしまいます。
     重さに押しつぶされないよう、背負い投げで行きます(笑)。

  3. 信州佐久アグリフォレストさんの コメント

    実家が木材を扱っていたのでケヤキ、樫、銀杏などの広葉樹は良く解っているつもりでしたが、ケヤキをまな板にと言うのは聞いたことがありません。銀杏は料亭などで分厚い大きなまな板として使っていました。叔父の料亭で使うまな板は父親が作っていたので覚えています。昨年12月、山に銀杏の木を6本植えました。実を取るためとまな板用にです。私は木を伐るだけの仕事は嫌なので材の用途を考えて植えています。

  4. いつきさんの コメント

    まな板材で盛り上がっていますね。
    日本のまな板は木理の鮮明でない滑らかな香りの強くない材が好まれるようですね。比較的柔らかいのは包丁の切れ味を長持ちさせるため?
    中華には欅ですか、なるほどあの鉈のごとく振り下ろしてたたく様に切る中華では、柔な材では料理が木くずまみれになりそうですね。
    本来日本の木の文化は知恵と経験で適材適所が明確になっていて、それが生活の中に溢れていたはず。現代で絶やしたくない文化ですね。
    そういえば私が子供の頃はシャモジも木製でした。身近な木製品がだんだん消えてゆく流れは正常では無いのかもしれません。

  5. かなめさんの コメント

    信州佐久アグリフォレストさま
     ごぶさたしております。ご実家が木材を扱っていたというのは初耳でした。
    木材音痴の私には羨ましい環境です。やはり銀杏はまな板に適しているの
    ですね。
     用品としての木製品を、供給する側、使用する側、それらが利用されてゆく
    様子を自然に受け止めながら育った方にとって、恐らくは同じ山でも私の目
    とはまったく異なったものとして写っているのではないでしょうか。
     じたばたしたところで後天的なものでしかないのでしょうが、やはり「何かを
    いただいてやろう」という感覚を忘れずにいたいです。

  6. かなめさんの コメント

    いつきさま
     こういう話題に書き込みをいただけるのは、大変心強いことです。
    繰り返しになるかもしれませんが、それ自体が大きいものでなくとも、
    ひとしずくの水のような木製の日用品が、あまねく社会にしみ込む
    ことが、山や森を思う社会をめざすうえで一番大切なことだと思うの
    です。
     良いものを身近に置いたり使ったりすることで、他に替えられない
    本質的な価値を見出す、ということはとてもシンプルなことなのですが…。
    コツコツとやっていきましょう。 

  7. アカホリさんの コメント

    まな板は越前(福井)産のイチョウが最高級と言われてるようですね。そういえば以前、日用品をテーマにした記事を書いたことを思い出しました。宣伝めいていますが、リンクを紹介させてください。
    http://kino-ie.net/akahori_041.html

    「適材適所の知恵が生活の中にあふれていた」という「いつき」さんがお書きになってますが、いい言葉ですね。先日、奥多摩の山に入ったとき、山仕事の先生が焚き火をしながら「こういうときに生でも燃える木を持ってくるやつがいると、見所があると思うんだがな」と言うのを聞いて、これも適材適所だなと思ったものです。あと、おかしかったのは「焚き火というのは、上手な人がやると、いじればいじるほどよく燃える。下手な人がやると、いじるほど燃えなくなる」。焚き火をうまく管理するのも、木と付き合う知恵ですよね。

  8. かなめさんの コメント

    アカホリさま
     遅くなってしまいすみません。リンクは大歓迎ですので「宣伝めいた」などと
    おっしゃらず、バンバン紹介してくださいね。
     
     適材適所の知恵は、長い時間をかけて積み重ねられた財産のはずなのに、
    そういう大切なものの多くがここ何十年かの短い間に失われてしまっているように
    思います。しかもその失われることに自分が加担しているのだと考えると、
    山側の情報発信の重要性をあらためて感じます。
     今回の「まな板つながり」で自分の勉強不足を反省しつつ、自分の生業が
    こうした社会貢献(と自画自賛しているのかもしれませんが)にかかわって
    いると考えると、幸せな気持ちにもなります。

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