正比例するもの

 冬の現場が厳しい条件の場所だったせいもあって、今年の春は例年以上に待ち遠しかったような気がしますが、今一度振り返ってみると、どうもこの待ち遠しさは年々増しているようで、それは心の中で、自分の年齢を二乗したようなカーブを描いています。
 そして、多くのものがそういうカーブを示すためなのか、五十くらいになると、他にもいろいろと以前よりも強く感じたり、深く感じるものがニョキニョキと表れるような気がします。ありがたさ、悲しみ、己がおろかさ etc,etc
 日曜日は、村のバードウォッチングのつどいでしたが、今季初確認となったツバメたちの眩しさも、そういうもののひとつでした。 

...本ブログのテーマとは直接関係ありませんが、書いてみたくなったので。

誤った見積

仕事の見積ができるようになることが、一人前のプロの条件のひとつですが、未だにその能力が足りません。年に一回くらい、たいへんな見込み違いをやってしまいます。

 ここ数日、山へ向かう気力が減退気味で、現場についても今ひとつ心のエンジンの回転数が上がりません。このところ天候不良で疲れ気味だし、花粉のおかげで毎朝頭痛が続いているから、仕方ないとあきらめていましたが、ようやく「山にのまれている」ことに気づきました。
 今作業している0.24haの皆伐→地拵の現場。1~2日で伐り終わると簡単に考えていたのが、かかってみると手間のかかることがわかりました。どうもやる気が出ない最大の原因は、その見積の甘さのようです。

 一人作業は焦りは禁物。こういうときは、心にリセットをかけて、多少時間がかかっても根気よく作業を続けるしかありません。でも「のまれている」ことがわかって、一安心です。

100329jigosirae.jpg

現場は、カラマツ植林後、苗木が絶えてしまい天然生林となっている山(赤い矢印に挟まれた部分)。3割くらいがニセアカシアで、他はクルミやマユミなど。放置すればニセアカシアの良い山になりますが、畑が近くそうもいきません。所有者の意向により、皆伐して薪に出し、ミズナラを植林する予定です。私からは、再びカラマツ造林を推薦したのですが却下。「ミズナラは根を張って保全上良いから」との強い希望ですが、苗のミズナラではどうなんでしょうね。まぁ、うまく育ってくれたら、20年くらいで薪山として回せば良いかな、と思っています。

ひ、膝が!

山仕事にはケガはつきもの、などと消極的なことは言いませんが、注意をしていても避けようのないものに、落ちてくる枝があります。

 
 特にカラマツは太い枯れ枝が高い場所に残っていることが少なくないので、伐採をするとそれが十数メートルのところから落ちてきて、腕や肩にぶつかってくれるのです。

 昨日は、こともあろうに縦向きに落ちてきた枝が、左膝に突き刺さるようにぶつかりました。もちろん退避はしたのですが、そこへ狙ったように飛んできたのです。細い枝でしたが、ひとたび息がとまり、夏みかんくらいの大粒の涙が出ました。

 こういうことは3週間に一回くらいはあります。「今日は良い日じゃないな...」と、よほど山を降りてしまおうかと思いましたが、しばらくお天気も怪しいので、できるうちに少しでも片付けようと欲をだしたのが災いしたようです。午後、今度は同じ場所に、ソーチェーンが巻き込んだ木っ端が衝突しました。痛みよりも悔しさで、しばしのあいだ幽体離脱してしまいました。

 と言うことで、いよいよ「スネ当て」「ヒザ当て」について考えてみようという気持ちになりました。自分でもいろいろ試そうとは思いますが、累々たるゴミの山を作る前に、もしも決定版をご存知の方がいましたらこちら↓↓↓のコメント書き込み欄にご一報ください。

御神木

100321akiyama1.jpg

コメントはいらないと思います。当地ではふたつの集落(5月3日居倉(いぐら)、5月4日秋山)で里曳きが行われます。ぜひ信州川上郷にもお出かけください。

100321akiyama2.jpg

 木は里に下って神となる。私たちは、いつも見守られながら暮らしています。

次の一世紀へ

100318graduation.jpg

この一週間、目まぐるしく、落ち着いてブログに向かう時間がありませんでした。

 先週末、締切り直前で確定申告。ネットでの申告も3年目となり、ようやく慣れてきて楽にはなったのですが、会計処理そのものに不慣れな部分があって、結局手間取ってしまいました。あちこちから送られてきた源泉徴収の入力に手間取る、というのが今後の課題です。

 土曜日は国民森林会議の総会。記念講演がたいへん刺激的なものでした。
 国際日本文化研究センターの安田喜憲教授(環境考古学)による「確かな未来を創る森の文明原理」と題したお話。今は環境革命の時代で「搾取から循環、市場原理主義の超越、森の文明原理」を考えるために歴史をふり返る、という内容の講演でした。
 「過去に対する責任、未来に対する責任、自然に対する責任」すべてを考えない市場原理主義が日本の林業をだめにしてしまった。背景には強大な文明の力がある。
 森の効用は、国がもっとお金をかけて研究しなければいけない。
 グローバル資本が日本の森を買いに来ている。売買はできても利用には何らかの規制をかけてゆかないと、大変なことになる。
 等々、重要なことばかりで小さな頭の中はパンパンになりました。

 その夜は、このブログにも書き込んでくださる業界関係者と、まずは有楽町の線路下で一杯。そしてなぜか鶯谷(うぐいすだに)へ...。
 久しぶりにお会いする方のライブを聴いたのでした。ホッピーをあおりつつ、自分に一番たりないもの、それは情熱!と知らされました。

 茨城の両親の家に泊めてもらい、翌日曜、ガンガン痛む頭で高速バスへ。仕事を持ち込んでいたのですが、とても手をつけられず、母にもらった「円朝の女」という本を読んでいました。言うまでもなく、幕末から明治へと激動する時代に生きた噺家の話です。当時の民衆思想が活き活きと甦る内容。
 対峙している問題のことを考えると、妙に納得できることが書かれている。このところずっと本業に直結する活字しか見ていなかったので、思わぬ栄養補給になりました。やっぱり親はありがたい。

 月曜から、ようやく雪が減って歩き易くなり始めた現場へ。作業をしつつも地元新聞への投稿締め切りや、逃げた犬の捜索、造林補助金の検査があったりと、なかなか現場一筋の生活には戻ることができず、今日(もう昨日)は娘の卒業式と、信州そまびとクラブの理事会。明日の午後からは久しぶりにきこりに戻ることができそうです。まったく忙しい一週間でありました。

 くどいようですが市場原理主義の限界が、よりはっきりと見えてきたようです。限界という言葉を気安く使いましたが、リーマンショックは序曲に過ぎない。もっと厳しい、ことによると「ヒト」の存亡に関わるような出来事が起こるまで、次の工夫は主流にはならないのかもしれない。
 それでも準備はしておきたいです。それは、何のことは無い、自然への感謝と畏敬を失わず、近くにある山川草木との付き合いを大切にし、自分の生業である林業の基本が何なのかを考えながら働き続けること。そしてできれば、この生業から世間に警鐘を発することです。
 忙しいと同時に、濃~い一週間でした。

今年の総会

今日の夕方は、地元佐久林業士会の総会でした。この総会は、毎年林業経営者協会の総会と日を同じく開催され、総会後の懇親会では地域の森林所有者の皆さんと楽しく一杯やらせてもらいます。

 総会では、際立った発言や計画が発表されたわけではありませんが、一週間前に「全国規模での林政がどうなるのか」という話題の場にいた者とすると、やはり地域の実情に合わせた持続可能な社会を創造するための支援というのは、少なくともこれまでの方法論では徒労に終わるのではないか、と感じるばかりです。
 

 帰宅する小海線の中で思いました。田舎で生活していると、そこが命の源のような、失われては困るところだと感じます。ところが、そういう大切な理由に気づくことなく、あるいはわかっていても気づかないふりをしながら、高度成長のために「人」という資源を送り出し続けた田舎に対し、あたかも失われるものの代わりのように、これまで都会で集められたお金がせっせと田舎に注ぎ込まれてきたのですが、それだけでは安定した選挙も、金儲けも維持できないことが見えてきたはずです。

 あんまり難しい仕組みは必要ありません。その土地の個性を大事にしながら、自由な発想で仕事を創造し続けてゆける暮らし。何か良い道筋があるはずです。

 土曜日はまた東京にでかけます。国民森林会議の総会。終了後の記念講演とレセプションには、申込があればどなたでも参加できます。

100308akazura.jpg

村の名物「赤顔山(あかづらやま)」を紹介します。明日は暖かくなるのかな

自問

100306symposium.jpg

タイムマシンがあったら行ってみたい時代と場所の一つに、自分が生まれた頃のこの村があります。

 日本の山の木が、伐っても伐っても足りず、林業はその舞台を拡大すべく天然生の広葉樹をどんどん伐出して、奥山へと人工林を広げて行った時代。拡大造林がはじまる直前の山々を見たい。
 今までそれは、単に自分が生業にしている世界の、最も活気付いていた頃を見たい、という好奇心によるものだろうと思っていましたが、どうやらそうではなく、見つからないパズルの一こまを埋めなければならないときのような、もっと切迫した感覚によるものらしいことを、昨日のシンポジウムは気づかせてくれました。

 
 政権交代とともに、林政が大きく舵を取りなおそうとしていることは、先日もこのブログに紹介しましたが、結果的にその中で大きな役割を果すであろう「30の提言」を発信している持続可能な森林経営研究会による、その提言について考えるシンポジウムが昨日行われ、多くのことを考えさせられました。

 「大きな役割を果すであろう」というのがなぜかと言えば、研究会のメンバーの多くが、農林水産省の森林・林業再生プラン推進本部の下に設けられた検討委員会の委員であり、提言づくりに大きな役割を果した人物が内閣官房国家戦略室内閣審議官になっているからです(ちなみに、委員会のひとつ人材育成検討委員会では、このブログ長屋でおなじみの方も活躍されるようです。昨日、会場に居たのかな??)。

 その審議官になられた梶山さんによれば、再生プラン実行の準備が進められているとのことですから、新年度から新たな助成制度や補助金が山や事業体に注がれることでしょう。プランでは2020年までに木材自給率を50%にすることを目標に、たとえば今後10年間でドイツ並みの路網密度を達成する、ということが謳われています。背景には、日本の人工林の多くが4~50年前に植えられ、今、間伐材を搬出して利用できる林業を取り戻さないと、林業に未来はない、という危機感があります。

 さてそこで自問です。「これから材木と機械化一色になってゆくだろうこの山で、おまえさんはどのように生きるのか? ~生きたいのか?」
 問うてみてはじめて気づいたことが、冒頭のタイムマシンの願望でした。つまりこの15年、山で働いてはきたものの、けっきょく自分には木を生産して食ってゆくという生業の実感がまったくないのです。だからこそ、材木がどんどん流通し、皆が眼を$マークにして植林していた時代に行ってみたい。できればそこで2~3ヶ月働いてみたい...。

 山で仕事をするものとして、どうやらネジが一本足りない自分。これから山で始まろうとしていることから比べれば、無に近い小さなことですが、個人的には悩みどころです。
 ところで、「木材生産能力に優れた森をつくり維持すれば、森林の持つ公益的機能も守られる」との考え方は間違いである、というのが私の理解しているところです。そして自分が最初にこの世界に足を踏み入れたのも、環境問題から。

 幸いなことに今日は午後もベタベタの雪です。確定申告でもやりながら、再び自問してみましょう。

いちばん良い季節

暖かい一日でした。今日はひさしぶりにヤッケをぬぎ、終日前掛けで間伐をしました。そして久しぶりに土の上にシートを敷き、よこになって昼寝ができました。おかげさまで、午後も元気百倍、はかどりました。

100305noon-recess.jpg

 山仕事をするようになって、今時分がいちばん良い季節だと感じるようになりました。芽吹き前の、まだ冬の名残があるような季節。ちょうど「ふきのとうの頃」とでも言うのでしょうか。この頃の気温が、作業をしていても楽なのです。長袖シャツ一枚で動いていて、いちばん仕事がはかどります。
 今日から、新しい現場。充実した一日でした。続けて現場に入りたいのだけれど、残念ながら明日は東京とんぼ返り。明日は降ってもいいけれど、明後日は降らないで欲しい。

再び現場人(げんばびと)の本

12月9日にお知らせした「道具と技」。ついにその2冊めが5日に発売されます。

 詳細は全林協さんの近日発行予定のページをご覧ください。そして、ブログ“「林業現場人 道具と技」げんばびとの広場”でも、出版スタッフのナマ情報を見ることができます。

 今回は、六角ヤスリ(私の行きつけのショップでも、取り扱いを検討し始めたとのこと)でのソーチェーンの目立てと、きこりなら誰しも悩むかかり木処理が扱われているようですので、たいへん楽しみです。また、きこりの世界選手権なんてのも興味ありますね。ぜひ参加してみたいものです。

100303vol2cover.jpg

大好きな場所

 

100228library.jpg

この村には、森のほかにも大好きな場所がたくさんあるのですが、図書館もそのひとつです。今日はそこでのボランティア作業のひとつを紹介します。

 村の財政が厳しく、行政単独ではなかなか充実した運営が難しいため、この図書館でも有志によるお助け部隊(図書館友の会)が活躍しています。単に本があるから、というだけでなく、ここに来るとそうした価値観を共有できるひとたちに会えるというのが、私がここを愛する理由です。

 オープンしてから15年以上が経過し、蔵書が増えるにしたがって閉架(へいか)となる本が出てきました。もちろんデータベース検索をかければ、閉架図書も瞬時に探し当てることができるのですが、やはりそこは「見えていてナンボ」というところもあり、不足する書棚を増設しようということになりました。ところが、それなりの棚を買おうと思うとけっこうな予算が必要です。「じゃあ、自分たちで作ってしまおう」ということになり、本棚作りのお手伝いをしてきました。
 これで、画像の背後に見える閉架棚の本たちの何割かが、再び利用者と顔の見えるおつき合いをすることができるようになります。